条件付きであるものの、相続前の遺品整理が相続の承認となることはありません。
この理由と背景を、判例なども交えながらご紹介いたします。
インターネット上に氾濫する間違った情報に踊らされることなく、あなたや家族が納得できる遺品整理を行いましょう。
遺品整理の中断を勧められた事例
神奈川県内某所アパートで孤独死を迎えられた男性のお嬢様(Aさん)から遺品整理を行なった際のこと。
ご依頼者の女性(Aさん)は、唯一の親族。孤独死の発見が1ヶ月半以上のため、臭気により近所にご迷惑がかかるため、すぐに遺品整理と特殊清掃に着手することになりました。
この時の手続きは、法的にも十分注意して進めていたのですが、当社での遺品整理作業中にAさんから「市町村の相続による無料相談会で、司法書士の方から『相続をするか否か決まっていない状態での遺品整理は、相続したとみなされることになるので中断すべきです』と言われました」とお話があり、一旦作業を中断しました。
この例のように、相続前に遺品整理をしてはいけないのでしょうか。
同じ点でお悩みの方も多いかと思います。以下、どうしてこのような情報が広く伝わることになったのか、当社の業務を支えてくださる各界の専門家に伺って分かった、その根拠と実際を解説します。
相続したことになる=相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
まず、遺品整理する=相続したことになる、という情報の根拠を探しました。すると民法上に以下の規定があることがわかりました。
第921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
民法第921条 太字部は、編者注
これは一体どういうことなのでしょうか。
そもそも単純承認とは、借金なども含めて全ての財産を引き継ぐことを認める、ということです。
ここで重要になるのが「相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき」という条文。
乱暴に解説すれば、故人様のご遺品を全部あるいは一部片付けたり、売却や破壊すると、財産の相続を全て認めたことになりますよ、ということです。どうやら、この条文が今回の問題の根拠になっているようです。
相続財産を処分するとはどういうことなのか
それでは、実際に相続前に遺品整理を行うのは、相続財産を処分することになるのでしょうか。
「処分」とは何か
この場合の処分する行為は、例えば、以下のような内容です。
- 故人の名義の持ち家や車を売る
相続する対象となる財産を売る - 故人の資産の大部分である銀行預金600万円を全額引き出す
- 故人のお金で自分の投資信託を始める
- 遺産分割協議を行う
遺産分割協議については判例によって見解が異なります - 故人が経営するマンションの家賃の振込先を自分の口座にする
被相続人所有のマンションの賃料振込先を自己名義の口座に変更した行為が、相続財産の処分に当たる(東京地方裁判所 平成10年4月24日判決)
つまり、自分の欲のためとか、財産の大部分を勝手に判断して何か行動を起こすと相続の対象になる可能性がある、ということですね。
さらに重要なのは、実質的に相続財産を処分したと、他人(第三者)が見て判断できるようなことをすると、相続財産の処分に該当しますよ、という解釈になるようです。
つまり、一般的に高額であると誰もが認めるような物品を売りさばいたりした時には、相続財産の処分に当たるということになるのです。
遺品整理を行った時でも、それが場所を移し倉庫を借りて保管するなど、財産の価値を保存するために必要な行為だった場合には、相続と認められないケースも十分に考えられるということです。
ただし、故人の衣類を全て持ち去るような場合には、処分したと認められたという判例も存在します。
司法書士さんのブログなどには以下のような記載も見られます。
そもそも相続財産を処分すると相続を単純承認したとみなすこの規定は、被相続人の債権者や次順位相続人などの第三者を保護するために設けられたものです。もし、相続人が相続放棄する前に、相続財産を自己のために浪費するなど、相続債権者などの第三者。を害するような行為をした場合には、当然ですが、相続人の相続放棄を認められません。また、相続の単純承認は積極的な意思表示が不要ですので、譲渡や貸付などの相続財産の管理行為と考えられる限度を超える相続財産の取り扱いをしたときには、あの相続人は相続財産を承継したものだろうと第三者から判断でき、その期待に沿って、たとえ相続人からの意思表示がなくても、第三者の利益を守るために単純承認したものとみなすように定められたのです。
難しいですね。民法921条の背景には、故人の財産を相続する人たちに、きちんと財産の分割や相続ができるようにするために保存しましょうね、という保護の役割があったとか。だからこそ、Aさんは中断という判断を勧められたのかもしれません。
そうなると、やっぱり遺品整理=相続となるってことになりますが・・・。
一体どうなってるんでしょうか。
「処分」に該当しない場合
処分に該当しないのは以下のような内容とされています。
- 経済的に価値のない身の回りの品を引き取ること
ほとんど経済的価値のない財布などの雑品を引取り、被相続人のわずかな所持金の引渡を受け、このお金に自己の所持金を加えて、被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたことが、遺族として当然おこなうべきことであるとして、相続財産の処分に該当しないと判断(大阪高等裁判所 昭和54年3月22日決定)
- 故人の財産から墓石や仏壇を購入する
相続財産から葬儀費用を支出した行為は、法定単純承認たる相続財産の処分には当たりません。また、仏壇および墓石の購入についても、社会的にみて不相当に高額のものでない(大阪高等裁判所 平成14年7月3日決定)
- 故人の死亡保険金を使って故人の借りていたお金を返す
福岡高等裁判所宮崎支部 平成10年12月22日決定
遺品整理が相続とならない場合
で、結局どうすればいいのか、というところだと思います。
例えば、冒頭ご紹介したAさんの場合には、孤独死の発見が1ヶ月半後だったため、臭気による近隣への迷惑がかかっており、管理会社や家主などから賠償責任を求められることも考えられます。
こうした故人の財産云々より近隣住民や他人に迷惑や危害が加わるような場合には、相続前に遺品整理をしても問題ないとするのが一般的です。
さらに、例えば故人様が一人暮らしの賃貸に住んでいらして、孤独死を迎えられた場合、賃貸ですからそのままにしておけば家賃が発生します。ですから、すぐに荷物を整理して明け渡しを行わなくてはいけませんよね。
こうしたケースでは、残された荷物や衣類・生活用品などに加えて古い家電ばかりが残されている状況が多く見受けられます。
残されたご遺品で一見価値があるように見える物でも、実際に買取や査定を行うと財産とは言えない金額になることも少なくありません。
そこで、裁判所による判断は、動産については一般的経済的価値を有するある程度高価な物を破棄した場合は処分にあたるが、既に交換価値を失った物を破棄したときは処分にあたらないとする
と考えているようです。
つまり、遺品整理を行った時、相続前に高額な財産となるものを売却したような場合には、相続を認めたことになるが、これまで述べてきた状況によっては、遺品整理を行っても相続とみなされない。ということです。
ですから、半ば反射的に「遺品整理したから相続したことになる」などと考えず、状況によって判断が変わるということです。
状況判断をプロに任せる
今回のケースでAさんの物件は、Aさんのご意向通り無事完了させることができました。
重要なのは、相続を認めたことになるのは、「相続財産を処分する」ことであり、遺品整理を行った動機や目的、その他経済状況などを、全体的に考慮して判断する、という点です。
こうした法的にも実際にも微妙な判断が求められる現場は、豊富な経験を有する業者や専門家に依頼することで、安心して相続放棄を前提として遺品整理を行うことができるようになります。
このような問題でお悩みの方に、万全を喫してサポートさせていただくことも可能です。
同じ悩みを抱える方のお役に立てれば幸いです。最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
今回の記事を書くにあたり、ご協力いただきましたAさん並びに横浜ベスト遺品整理社を支えてくださる専門家の方に、この場を借りてお礼を申し上げます。